前にアフガニスタンの平等主義という話をした。外人も平等と書いたが、じつは本当は平等ではない。あまりにも外人外人しているとターリバーンの攻撃目標になったり、追剥ぎのお客さんになったりすることは請け合いだ。また、金を持っているということで嫉視の対象となり、仕事がしづらくなるという状況もある。
したがってロープロファイルを保ち、外国人という顔をしないということは重要な保身術であるともいえる。さいわい、アフガニスタンにはハザーラというモンゴロイド民族がいるので、見た目には区別がつかないという場合もあるだろう。
ただし行き過ぎると、これはさすがにつらい。
パキスタン時代と異なり、アフガニスタンでは個別の執務室というものは与えられていない。そもそもこの役所のビルは手狭であるということ、あまり個室文化というものがないということ、外人も特別扱いしないことなど、もろもろの理由がある。だから、計画局の副局長室の一角に机を置かせていただき間借りをしているわけである。
この副局長は実は相当にシニアな御大だ。ダーウードの共和政時代から共産時代・ソ連時代をへて、内戦時代・ターリバーン時代もかわらずこの役所に勤めてきた。ちなみに彼はタージクである。これまでの支配者の中では、意外にもパシュトゥーンのナジーブッラーが一番よかったそうだ。世が世ならば局長であってもおかしくないのだが、残念なことに英語もパソコンもできない。今はこういう時代であるので、いたしかたなく局長職を若手に譲りその部下に甘んじているというわけである。
しかしこういう彼であっても窓際族というわけではない。全国教育行政の統括が職務であるので、地方からはひっきりなしに陳情客がやってくる。やれ学校を開きたい、給料がもらえないなどなど、地方の有力者や教師、さらには議員などが5分おきにドヤドヤ入ってくる。
おのぼりさんにとっては、日本人のアドバイザーが同居しているとはつゆほども思わず、第一印象ではハザーラ人アシスタントと思うらしい。別になんと思われようとかまわないのだが、部屋に一人のときは大きな問題だ。普段は自分で雇っているアシスタントや雑用係がいるので大丈夫なのだが、往々にして誰もいないことがある。
このような状況では、担当者がいないということを自力で陳情者に納得させなくてはならない。機嫌を損ねると某副局長のところで無礼な扱いを受けたということにもなってしまう。
ということで、最初に覚えたダリー語は「副局長さんはいません」というフレーズだ。次いで「今日は戻りません」「すぐ戻ります」など。
「いつになるか知りません」というものもあるが、無責任感が漂うため陳情者に無用な刺激を与えることもある。「お前かわりにサインしろ」とせまられることもあるし、本気で怒り出す客もいる。
前には「お前の仕事はなんだ、言ってみろ」といって息巻いたターバン親父もいた。だから自分は日本人で、外国人のゲストであるのだから、そういうことはできないし、すると問題だからという話をしてようやく納得させるわけである。
「局長さんのところに行ってください」とかいって厄介払いするのも手なのだが、これはすなわちたらい回しにするということでもある。地方から出てくるだけでも大変なのはよくわかるので、多少慙愧の念は残る。
しかし南部のウルズガーン州くんだりから上京したダリー語のできない爺さんが来たりするともうお手上げだ。怪しげなパシュトー語で「サンゲ、ネシュタ、ネシュタ」など誤魔化すのが関の山である。実はかなりの確率でウルドゥー語が通じるのではあるが、難民として辛酸をなめた生活を思い出させてしまう場合もあるので要注意なのである。
まあダリー語会話上達の極意は必要に迫られてということだろう。