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カテゴリ:Soon Valley
  • フシャーブ祭り
    [ 2006-03-19 02:51 ]
  • パキスタンの隠れ里 ―― スーン渓谷(5)
    [ 2005-04-04 00:41 ]
  • パキスタンの隠れ里 ―― スーン渓谷(4)
    [ 2005-04-03 18:48 ]
  • パキスタンの隠れ里 ―― スーン渓谷(3)
    [ 2005-03-31 00:32 ]
  • パキスタンの隠れ里 ―― スーン渓谷(2)
    [ 2005-03-23 20:27 ]
  • パキスタンの隠れ里 ―― スーン渓谷(1)
    [ 2005-03-18 01:34 ]
フシャーブ祭り
パンジャーブは祭り一色だ。インドではホーリーの季節だし、ペルシア語圏ではノールーズである。明日3月20日はラホール守護聖者ダーター・ガンジ・バフシュの命日大祭(ウルス)で、ラホール市はお休みモードだ。3月23日にも市内各所に祭市が立つ。

それはいいとして、先週フシャーブ祭り(ジャシュネ・フシャーブ)というのに招かれたので行ってきた。この時期、県政府主催にて数日間行われる。職員みんな駆り出されるので普通の仕事はもちろん全部ストップだ。それに今回は選挙が終わった直後ということで「ありがとう」モードの大盤振る舞いである。

演目は群舞系がルッディー、ジューマル。ルッディーがバチを使うものでジューマルは使わないものという説明をされたが、逆かもしれないし全然違うかもしれない。

それからシャトゥル・ナーチすなわちラクダ舞。ラクダが踊るというと、前足挙げてパオーンパオーンみたいに思うかもしれないが、むしろシャナリシャナリ系の優雅なものである。首に結んだ紐を後ろに引っ張ってラクダを操るわけである。

さらにネーザ・バーズィー。これは疾走する馬上から槍(ネーザ)を繰り出して、小さな板切れを突き刺すゲームだ。流鏑馬の槍版である。

そして最後がカバッディーの変形ともいうべきパルコーディーというゲーム。1人を2人が追いかける。逃げるほうは陣地に生還するか、追跡者2名を地面に倒せば勝ち。ただカバッディーと違って吸気ルールがないようである。つまり自由に息吸っていいらしい。この日は北西辺境州ラッキー・マルワト県のチームが強かった。「やっぱりパターンだぜ」という声が上がっていた。ところで、このパルコーディー選手のパンツ(ランゴーティー)はけっこう際どい。

祭りにはラッキー・イーラーニー・サーカスの「死の井戸」モート・カー・クンアーンもあるはずだったが、隣町サルゴーダーで手間取ったらしく、来ていなかった。「死の井戸」というと如何にも子どもが喜びそうなものだが、要はバイクが遠心力を利用して円柱の内側を垂直に走るという見世物である。その他、見世物小屋が林立しており、いかにも怪しい縁日を満喫させてもらったのであった。
by koidelahore | 2006-03-19 02:51 | Soon Valley
パキスタンの隠れ里 ―― スーン渓谷(5)
スーン渓谷はウルドゥー作家アフマド・ナディーム・カースミーの故郷でもある。ノーシェーラーから車で北に15分行ったところにあるAngaアンガがカースミーの生まれ育った町だ。アンガは丘の上に営まれた町(下写真)で、落ち着いたたたずまいからするとかなり古くに成立したように思われた。

小さな町であるにもかかわらず、銀行、郵便局など公共サービス関係が充実している。小学校は英領時代にはすでに作られていたようだ。排水なども管理が行き届いており、住民レベルの体制が整っていることが伺われる。

カースミーの生家は町の中でも一番丘の頂上に近い地区にある。中を見ることはできなかったが広大な敷地を有するHaveliハヴェーリー(お屋敷)である。一角には望楼のような建造物もあった。

カースミー家から迷路のような路地を抜けると町のChaupalチョーパール(集会所)に出た。一般的にチョーパールとはパンチャーヤト(コミュニティの長老会議)が開かれる場所である。パキスタンのパンチャーヤトはユニオンへと統合整理されてしまったが、草の根の行政単位であると思えばよい。

ともあれアンガのチョーパールは普通の基準からしても立派な建物(上写真)だった。さらに一角には、大きな囲炉裏を囲むように乾燥した藁を敷き詰めた昔ながらの集会所――これこそが狭義のチョーパールである――も残っている。
by koidelahore | 2005-04-04 00:41 | Soon Valley
パキスタンの隠れ里 ―― スーン渓谷(4)
――サケーサルの東に広がっている渓谷を、人々はスーンと呼んでいる。この地方の村々では、昔からサーワン月は毎年サケーサルの頂上で生まれ、やがてそこから下りて来て、スーンの緑野に雨を降らせるのだと言い伝えられている――アフマド・ナディーム・カースミー「貴族館」鈴木斌訳より(カースミー短編集『静寂』大同生命国際文化基金刊)。

スーンという地名をはじめて知ったのは、学生時代に読んだカースミーの短編小説「Rais Xana貴族館」である。以来、一度行ってみたい場所のリストには残っていた。しかし、この地域は普通の旅行者が行くような土地ではなく――だいたい普通のパキスタン人は知らない。またサケーサルのほうはともかく、スーンという地域名称は地図にのっていないことが多い――結局、仕事で来るまではまるで縁がなかった。

スーン渓谷を含むフシャーブ県をフィールドに含めたというのは、そういう無意識のリストが選択に影響を与えたのかもしれないと思う。
by koidelahore | 2005-04-03 18:48 | Soon Valley
パキスタンの隠れ里 ―― スーン渓谷(3)
スーン渓谷(ワーディー・エ・スーン)の支配部族はAwanアーワーンであるといわれている。『1897年帝国地誌:シャープール県』はでは「フシャーブのソルトレンジのほぼ全域がアーワーンの土地」であるとかなり大げさな書きようだが、実態もほぼそのとおりであろう。

D. IbbetsonのPunjab Castes(1881)によれば、アーワーン(Caste No.12)はガズニーのクトゥブ・シャーの子孫を称しているとのこと。クトゥブ・シャーはアリーの子孫ということなので、サイヤド(Caste No. 24)なのではとも思えるのだが、そうではないようである。アーワーンの支族でポピュラーなのはKhokharコーカル(Castes No. 58)である。そしてコーカルはラージプートである。ラージプートがサイヤドであるわけがない。

このように植民地期のカースト分類についていえば、部分の総体が全体になることはない。それはさておき・・・

現在ではフシャーブ県に属するこの地域は、1897年当時Shahpurシャープール県であった。同県は現在のフシャーブ県全域、マンディー・バハーウッディーン県の一部、サルゴーダー県の一部、ジャング県の一部を含む広大な行政区画だ。シャープールの町はジェーラム川を挟んでフシャーブの対岸にある町で、かつてのstationとして落ち着いた雰囲気が残っている。

さて、帝国地誌ではピクチャレスクとまで表現されるスーン渓谷であるが、その理由は湖(kaharカハールまたはsamandarサマンダル)にある。出口の無い渓谷での降雨はそのままたまっていくるつかのカハールを形成する。写真はそのうちのひとつKhabekiカベーキー・カハールである。一方、地誌では最初に言及されているUcchaliウッチャーリー・カハールであるが、こちらのほうはすでに干上がってしまっていた。
by koidelahore | 2005-03-31 00:32 | Soon Valley
パキスタンの隠れ里 ―― スーン渓谷(2)
植民地インドの時代、支配者イギリス人は暑さに耐えられなかったので、いわゆる避暑地を開発した。夏季のシムラーは、政府まるごと移転して夏の首都になった。カルカッタ(コルカタ)のベンガル政庁はダージリンへ。パキスタンのマリーはペシャーワルやラーワルピンディーからの避暑地に。同様にフォート・モンローはムルターンからの、そしてスーン渓の鼻先にあるサケーサルはサルゴーダーからの避暑地だ。

写真(上)はスーン渓谷のノーシェーラー付近で撮影したものである。どこか懐かしいような風景だ。正面の山並みのさらに先がサケーサルである。

現在サケーサルには空軍のレーダー基地があり一般人は立入り禁止となっている。そんなことからか、スーン渓谷を含むサケーサル周辺はガイドブックに書かれることも稀な土地だ。行政的にはフシャーブ(Khushab)県に属するのだが、南部の砂漠地帯に核処理施設があり、県全体が外国人の訪問を制限するようになってしまった。

スーン渓谷の中心の町がノーシェーラーである。鄙びた田舎町であることには違いない。しかし、古くからイギリス人の手が入っていた形跡がうかがわれ、それが他の新開地との雰囲気の差となっている。

宿泊したCivil Guest House(写真)は1920年頃の建築物だった。2階建てに見えるがそうではなく、天井の高い典型的なコロニアル様式の作りになっていた。

またノーシェーラーには同じく1920年代に開校したGovernment College Nowshera もあるのだが、こちらのほうはコロニアル様式とムガル庭園様式の折衷であった。斜面を敷地としており、庭園中央を水が流れ下り、その間には3基の噴水が置かれている。保存状態も良好だった。
by koidelahore | 2005-03-23 20:27 | Soon Valley
パキスタンの隠れ里 ―― スーン渓谷(1)
ラホールから西へモーターウェーを進むこと1時間半。パンジャーブ五大河の最後の1本、ジェーラムをわたる。例年にない大雨のために川幅は大きく広がり、中洲もほとんど姿を消している。

ジェーラム橋を渡りきるとすぐに山塊が目の前に迫ってくる。これがソルトレンジ「塩の山脈」である。ソルトレンジという名前は岩塩を産出することに由来している。東洋最大の岩塩鉱山ケーオラーは、この写真のすぐ右手にある。

この山脈は、西はインダス川から東はジェーラム川にひろがり、パンジャーブ平原の北、ポートハール台地の南を縁取っている。さほど高度はないが、それでも最高地点は約1500メートルに達する。

そしてスーン渓谷は、このソルトレンジのほぼ中央からやや西よりに位置する。
by koidelahore | 2005-03-18 01:34 | Soon Valley